東京地方裁判所 昭和26年(モ)4685号 判決
債権者 五十嵐誠一
債務者 島田和助
一、主 文
債権者と債務者間の当庁昭和二十三年(ヨ)第二九八八号不動産仮処分事件について当裁判所が昭和二十三年十二月十三日なした仮処分決定はこれを取消す。
債権者の本件申請はこれを却下する。
訴訟費用は債権者の負担とする。
この判決は主文第一項に限り仮りに執行することができる。
二、事 実
債権者訴訟代理人は主文第一項記載の決定の認可の判決を求め、その申請理由を次の通り述べた。
債務者は別紙目録<省略>記載の土地及地上に所在していた木造瓦葺二階建店舗一棟建坪十五坪六合六勺二階九坪七合九勺(以下本件建物と謂う)を所有し債権者は昭和五年二月二十二日右建物を債務者より賃貸借し居住して呉服商を営んでいたところ昭和二十年三月十九日強制疎開により除去せられた。
そして強制疎開跡地十六坪六合六勺(以下本件建物敷地と謂う)は昭和二十一年四月二十日強制疎開解除となつたので債権者は債務者に対し右強制疎開跡地の賃借方をしばしば申出てたが、念のため昭和二十三年九月十一日附翌日到達の書面で罹災都市借地借家臨時処理法(以下処理法と謂う)に基いて重ねて賃借申出をした。
しかるに債務者は昭和二十三年九月二十八日附書面で自ら使用する必要があると共に、債権者は賃借権を抛棄したと称し拒絶してきたが、債務者の右拒絶の意思表示は正当な事由を欠き、且つ債権者は賃借権を抛棄したことはないから債権者と債務者間には右申出を受けた日から三週間経過の時に賃貸借契約が成立したものと看做されたので、債権者は本件建物敷地十六坪六合六勺の中債務者が表側六坪に昭和二十一年四月頃建物を建築使用している部分を除きその残存部分十坪六合六勺(以下残存土地と謂う)について賃借権を有するものである。
よつて債権者は債務者に対し借地権確認の訴を提起すべく準備中であるが、本案判決前債務者に本建築をされては判決の執行が困難になるので仮処分申請したところ、当庁昭和二十三年(ヨ)第二九八八号事件として昭和二十三年十二月十三日残存土地につき執行吏保管及び債務者の占有移転禁止の仮処分決定がなされた。
この決定は至当なものであるから、これを認可する旨の判決を求める。<立証省略>
債務者訴訟代理人は主文第一、二、三項同旨の判決及保証を条件とする仮執行の宣言を求め、答弁及異議理由を次の通り述べた。
債務者が別紙目録記載の土地を所有し本件建物を所有していたこと、本件建物が昭和二十年三月十九日強制疎開により除去せられたこと、債権者から昭和二十三年九月十一日本件建物敷地の賃借申出があり、これに対し債務者より同月二十八日債権者主張のような理由により拒絶の回答をしたことは認める。其余は争う。
債権者より昭和二十三年九月十一日債務者に対し本件建物敷地の賃借申出があつたが、債権者は本件建物の賃借人でなく申請外五十嵐元治が賃借人であつて債権者は本件建物内に居住して右五十嵐元治の営業を補助していた者に過ぎないから処理法の賃借申出権はない。
仮りに賃借人であるとしても債務者は右申出当時本件建物敷地の一部を権原により現に建物所有の目的で使用しているから賃借申出権がない。
以上何れも理由がないとしても債務者は店舗焼失者収容のため債務者自ら建物を建築し、本件建物敷地を使用するのであるから債権者の賃借申出を拒絶するについて正当事由があり、従つて賃貸借契約は成立しない。
以上の理由により本件仮処分申請は失当であるから右決定の取消を求める。<立証省略>
三、理 由
債務者が別紙目録記載の土地を所有し、その上に本件建物を所有していたこと、本件建物が昭和二十年三月十九日強制疎開により除去せられたこと、債権者から昭和二十三年九月十一日本件建物敷地の賃借申出があり、これに対し債務者より債権者主張のような理由により同月二十八日拒絶の回答をしたことについては当事者間に争がない。
債権者が強制疎開前本件建物を賃借していて強制疎開になり、強制疎開解除後処理法所定の期間内に賃借申出をし、その申出当時現に本件建物敷地を権原により建物所有の目的で使用する者がないとき及債務者が右申出を拒絶するについて正当事由がない時は申出を受けた日から三週間満了の時を以つて賃貸借の申出を承諾したものと看做され、賃貸借契約が成立することは処理法第九条、第二条の規定するところである。
しかし右の場合でも処理法はその土地が建物を所有して利用可能の場合にのみ賃貸借契約の成立を認めているものと解する。
そこで債権者は強制疎開当時の本件建物の賃借主は債権者であると主張し債務者はこれを争つているので考究する。
成立について争がない甲第四号証甲第十四、十五号証甲第十九号証甲第二十号証の一、二、乙第十号証及証人加藤保同五十嵐デンの各証言債権者本人訊問の結果により成立を認め得られる甲第二十三号証甲第二十五、六号証によると債権者は昭和五年二月頃債務者より本件建物を権利金四千五百円賃料一ケ月百二十円敷金五百円で賃借し武蔵屋呉服店の屋号で営業し居住していたが、昭和十三年十月二十四日右営業を株式会社組織に変更し、本件建物附属の水道も昭和五年二月三日債権者名義で使用届出をし、電話架設も昭和十九年十二月九日より債権者名義で架設(大崎二五四八番)され、戸籍は昭和五年十二月四日本件地番に転寄留し、本件建物の造作も昭和十三年九月十三日債務者より債権者が買受けたこと等が一応疏明される。
これら疏明される事実から考えると本件建物は昭和五年二月頃債権者が債務者より賃借し強制疎開当時迄引続き賃借していたものと認めるを相当とする。
そうすると債権者は建物の強制疎開解除後は本件建物の敷地に対し処理法に基き賃借申出をなすことができる者であるけれど、債権者は本件建物の敷地の表側約六坪については債務者が処理法施行前の昭和二十一年四月頃より建物を建築して使用していることを自認しているのであるから、この部分については賃借申出をすることは出来ないし、又賃借申出をしても無効である。
そして右の如く本件建物の敷地の表側全部約六坪を債務者が現に建物使用の目的で使用し、債権者が賃借申出出来ないとすると残存敷地は所謂袋地となるので、建物を建築するとして通路がないから利用することが不可能な結果になる。かかる場合は処理法は賃借人に賃借申出権を認めていないものと解するを相当と考える。
そうすると債権者が処理法に基いて賃借申出をしたとしても無効であるから爾余の点について判断する迄もなく債権者は本件建物の敷地の残存土地について賃借権を有しないこと明らかであるから、賃借権の存在を前提とする本件申請は既にこの点に於て失当である。
以上の通りであるから債権者の申請を認容して先になした前掲仮処分はこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 山本実一)